琥珀色の研究 -A Study in Amber-

( ・x・)<琥珀の沼で泳ぐ「ぱさぱさ」です。ご一緒にいかがですか?

デュワーズ ホワイトラベル その2

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【はじめに】

久しぶりの更新です。デュワーズのホワイトラベルについて、後半はシャーロック・ホームズと絡めて書きます。というか、ホームズがメインでテイスティング要素ゼロなので、その点はご了承ください。

【もう少し詳しく】

今回のテーマである「シャーロック・ホームズ」をご存知でしょうか?一般的に広く知られているとは思いますが、念のために整理しておきます。

まず、ホームズはイギリスの医師にして作家のサー・アーサー・コナン・ドイルが生み出したキャラクターです。

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ホームズの特徴は、以下の通りです。*1

  • 冷静沈着で女嫌い。ボクシングはプロ級。
  • フェンシングや日本武術*2の心得もある。変装の達人。
  • 捜査に行き詰まった警察がこっそり相談に来るほどの推理力を持つ男。
  • 世界唯一の民間諮問探偵にして、探偵事件の最高にして最後の受理者*3

有名なエピソードだと、後の相棒となるジョン・H*4・ワトソン君と初めて出会った際に、握手しただけで彼が軍医であること、戦争中のアフガニスタンから帰ってきたことを見抜いたものがあります。

この場面は「A Study in Scarlet(緋色の研究)」に出てきます。

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さて、ここまで書くと「ははーん?」とお気づきの方もいらっしゃるでしょう。そうです、私のブログのタイトル琥珀色の研究 -A Study in Amber-」は、この「緋色の研究」から拝借しています。

ちなみに新装版では、緋色が前面に出た表紙となっています。

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そんなわけで、シャーロックホームズについては書きたくてうずうずしていました。そして、晴れて今日、書く機会に恵まれたというわけです。

もっとも、「シャーロック・ホームズウイスキー」というテーマについては、すでにがっつりと書かれたものがいくつかあります。

例えば、今回のトップ画像のこれです。

www.ohtabooks.com

『ケトル』のコンセプトは「〇〇が大好き!」というタイトルで、様々なものを特集していくというもので、VOL.29では「シャーロック・ホームズが大好き!」と銘打って、正典*5だけでなく、さまざまな角度からホームズを掘り下げています。

ちなみに、ウイスキー部分の監修者は、ウイスキー文化研究所の土屋守さんです。

mtsuchiya.blog.fc2.com

【「シャーロック・ホームズ」におけるウイスキーソーダ水】

シャーロック・ホームズ」において、ウイスキーソーダ水は以下のように登場します。

 1890年2月『Lippincott's Magazine』*6

  • 葉巻の箱を投げてよこし、部屋の隅のウイスキーソーダ水のサイフォンのある場所を指さした。

1891年7月『The Strand Magazine』*7

  • 「そこでね、ワトスン君」ホームズはその朝早くベーカー街で、ウイスキーソーダをやりながら説明してくれた。

1891年8月『The Strand Magazine』*8

  •  こんな面倒な質問をやらされたんだから、ウイスキーソーダと葉巻でもやらなくちゃ引合わないよ。

1892年4月『The Strand Magazine』*9

1890年から1892年にかけて、ウイスキーソーダ水が登場してきますね。*10この時代が、どんな様子なのか?まずは、お酒事情をまとめてみましょう。

19世紀後半の酒事情とフィロキセラ

19世紀は産業が発達し、交通の利便性が向上しました。例えば、ロンドンに地下鉄が開通したのは19世紀の1863年のことです。

Trial journey

引用元

「A history of the London Underground - BBC Newsround」

ただ、人間が移動すると病原菌や虫もくっついてくるわけです。そして、それらの病原菌や虫に悩まされたのが、ヨーロッパのワイン産業でした。

ウドンコ病やベト病といった病気も挙げられますが、ワイン産業に最も大きなダメージを与えたのはフィロキセラ(Phylloxera)という虫でした。

ブドウネアブラムシ - Wikipedia

ざっくり言うと、こいつはブドウの木の樹液を吸います。そして、ブドウの木を数年かけて枯死させます。

フィロキセラの勢いは凄まじく、1863年にフランスで発見されたのを皮切りに、ドイツやスペインなどにも伝播していき、ヨーロッパのブドウを次々と枯死させました。

当然、ブドウが収穫できないと、ブドウを原料とするワインやブランデーが造れません。結果として、多くの歴史あるワイナリーと個性あるワインが失われ、醸造家が移住するという事態が発生しました。今でも、フィロキセラ以前から存在するブドウの木から作られたワインは「プレ・フィロキセラ(Prephylloxera)」と銘打たれることがあります。

ただ、しばらくは「どうあがいても絶望」という状況が続いたものの、1874年に接木による対策を編み出されたことで、徐々にブドウ産業は盛り返していきました。

このあたりの話は調べれば色々出てきますが、サッポロビールさんのWebサイトへのリンクを載せておきます。良ければご参照ください。

ワインの大敵!「フィロキセラ」とは?人々はどう害虫と戦ったのか 

http://www.sapporobeer.jp/wine/wine_opener/article/wine_grape_pest/

19世紀後半のウイスキーについて

ではウイスキーはどうだったのでしょうか?この年代のウイスキーは、大きく躍進しました。おおよその流れは、下記の通りです。

  • 1824年グレンリヴェット蒸溜所が政府公認第1号蒸溜所となる。
  • 1831年:A・コフィーが、連続式蒸留器の特許を取得する。
  • 1842年:ケイデンヘッド社がエジンバラで創業される。
  • 1846年:J・デュワーによって、デュワーズの製造が始められる。
  • 1853年:A・アッシャーが、熟成年が異なるウイスキーを混ぜ合わせる。
  • 1860年酒税法改正。異なるウイスキーでも条件付きで混合が認められる。
  • 1877年:グレーンウイスキー業者6社がDCL社(現ディアジオ社)を設立する。
  • 1891年:ストランド誌に「赤髪組合」や「花嫁失踪事件」が掲載される。
  • 1898年:パティソンズ社が倒産するなど、ウイスキー不況の時代が到来。*11 

このとおり、数多くの転機が訪れたこと、ウイスキー市場が拡大していったことがわかりますね。

ちなみに、今回買ったデュワーズのボトルには、こんな紙が添えられていました。

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「100年ハイボール」「ハイボールの起源」と書かれています。また、1846年ということも明記されていますね。

では、昔のハイボールである「ウイスキーソーダ」は、どのようなものだったのでしょうか?

19世紀後半の「ウイスキーソーダ

いくら工業技術が進歩を遂げたといっても、19世紀後半です。現代のように冷蔵庫からウィルキンソンやらペリエやらの炭酸水が出てくるわけがありません。

では、どのように炭酸水を作るのか?

ホームズの話では「ガソジン(Gasogene)」という炭酸水を作る機器が出てきます。*12

ガソジンはWikipediaにもありますが、せっかくなので『ケトル』誌の写真を掲載しておきます。

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写真のガソジンは、兵庫県神戸市にある神戸異人館街の「英国館」さん所有のものだそうで、2台あるとのことでした。

ちなみに、英国館さんには、ロンドンのベーカー街221B番地の部屋を再現した場所があります。一度訪問したことがあるのですが、そのときはガラケーで、カメラも持って行かなかったので写真がありません……。

kobe-ijinkan.net

さて、ソーダ水に話を戻します。

翻訳家でホームズ研究者の日暮雅通さんによると、当時のソーダ水の作り方は、酒石酸と重曹を混ぜて二酸化炭素を発生させ、それを水に通して作るのだとか。それを行うための器具がガソジンというわけです。

『ケトル』誌の再現実験では、具体的な器具の扱い方や酒石酸と重曹の配合なども書かれていますが、それはやっぱり買って読んでのお楽しみ……だと思うので、ここではプロセスは割愛して写真を1枚だけ紹介しておきます。

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そして、この実験を企画されたライターさんの感想も抜粋させていただきます。

下戸だけど、僕が最初に飲む。ちょっと濃いめになったけど、ひとくち飲むと、初心者でも飲みやすいデュワーズの口当たりに、確かに炭酸の味わいがする。これは間違いなく、ウイスキーソーダだ。

『ケトル』VOL.29 P57 

ウイスキーソーダを作るために、時には門前払いを食らいながらも色々な場所に連絡するなど、ライターさんの苦労が読み取れます。表紙にウイスキーソーダのことが書かれていなかったのですが、載せてあげて欲しかったなあと思いました。

なかなか真似できない貴重な企画だと思うので、興味を持たれた方は、是非読んでみてください。

~まとめ:ホームズと彼が活躍した時代について~

この時代の英国は、実際に切り裂きジャック(Jack the Ripper)が出現したこともあってか、パラレルワールドも含めると数多くの作品の舞台となっています。

枢やなさんの『黒執事』とか森薫さんの『エマ』などの漫画、サラ・ウォーターズさんの『Fingersmith(茨の城)』などの小説が書かれています。

こうした作品が生み出されるきっかけとなったのは、間違いなくシャーロック・ホームズの存在が大きいでしょう。

もっとも、そんなホームズは、良いところだけではありません。

下宿の壁に拳銃の弾を打ち込んで文字を描くし、化学実験と匂いの強い煙草が大好きです。おまけに、凶悪犯罪者に目をつけられて乗り込んでこられるし、挙句の果てには、ガラス越しに狙撃されます。

私が大家だったら、こんな人に部屋を貸したくありません。

ただ、そんなところも含めて魅力的なのだとも思います。そして、そんなホームズに部屋を貸し続けたハドスン夫人*13と、ホームズと同居し続けたワトスンくんのほうが、実は凄いんじゃないかなと思います。

そんなことを考えながら、本日はこのあたりで失礼します。

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*1:ワトスンが記したものもありますが、ここでは私なりに書きます。

*2:バリツという架空の武術です。柔術+ステッキ術+打撃術という説もあります。

*3:自称です。

*4:Hamishではないかとの説があります

*5:ドイルが書いたホームズの話は、聖書になぞらえて「正典 (Canon)」と呼ばれることがあります。

*6:「四つのサイン、もしくはショルトー一族の問題(The Sign of the Four; or, the Problem of the Sholtos)」

*7:「A Scandal in Bohemia(ボヘミアの醜聞)」

*8:「The Red-Headed League(赤髪組合、赤毛クラブなど)」

*9:「The Adventure of the Noble Bachelor(独身の貴族、花嫁失踪事件など)」

*10:ちなみに、1908年の『Collier's magazine』に掲載された「The Adventure of Wisteria Lodge」には、ブランデーのソーダ水割りが出てきます。

*11:結果としてDCL社の力が増しました。

*12:ちなみに、このガソジンはホームズを語るうえで欠かせないシンボル的道具です。例えば、ニューヨークに本部を置く世界最古のホームズ愛好者団体「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ」の会長職名は「ガソジン」です。

*13:しかも犯人をおびき寄せるなど捜査にも協力しています